ヨガ哲学に学ぶ自己否定との向き合い方|バガヴァッド・ギーターが教える「すべては平等」

私のヨガの師から教えてもらい、
「これは一生大切にしたいな」と心に残っている教えがあります。

今日はそのお話を、
ヨガの聖典 バガヴァッド・ギーター の一節とともに
私なりの言葉で綴ってみたいと思います。

少し哲学的なお話ですが、
「自分を責めてしまいがちな人」
「つい他人と比べてしまう人」
そんな方の心が、ふっと緩むきっかけになったら嬉しいです。

目次

ヨガの聖典「バガヴァッド・ギーター」の言葉

第13章28節(意訳)

「最高の主(パラメーシュヴァラ)が、
滅びゆくすべての存在の中に等しく存在し、
決して滅びないのを見るとき、
その人は真実を見ているのである。」

正直に言うと、
このままだと少し難しくて、すっと心に入ってきませんでした。

でも、
私の師はとてもやさしい言葉で、こんなふうに教えてくれたんです。

「最高の主は、すべてに等しく存在する」という教

ヨガでは、
「魂は神様と同じ性質を持っている」
と考えます。

つまり──
お金持ちの人も、そうでない人も
美しい人も、そうでないと感じている人も
草も、鳥も、木も、虫も

すべてに等しく、同じ“神性”が宿っている
という考え方です。

上下も優劣もなく、
本来はすべてが平等な存在。

この視点に、私はとても心を打たれました。

もし「目の前のもの」が神様だったら?

ここで、少し想像してみてほしいんです。

  • もし、目の前にあるペンを「神様」だと思ったら
     雑に扱いますか?
  • もし、目の前にいる人を「神様」だと思ったら
     どんな言葉を使いますか?
  • もし、自分の中に神様が宿っていると思ったら
     自分をどんなふうに扱いますか?

鏡の前で、私たちは自分に何を言っている?

お風呂に入る前、鏡を見たとき。
ふと、こんな言葉を自分にかけていませんか?

  • 足太いな
  • お腹出てきたな
  • 胸が小さいな
  • お尻垂れてるな

もし、こうしたマイナスな言葉が自然と出てきたとしたら。

それはあなたがダメだからではなく、
今まで生きてきた中で
「こうあるべき」「これが正しい」という
外からの価値観を、無意識に取り込んできたからだと思うんです。

理想像と今の自分を比べてしまうから、
否定の言葉が生まれてしまう。

でも、本来は「みんな等しく素晴らしい存在」

もし、
「自分の中にも神様が宿っている」
そう思っていたら、どうでしょうか。

神社やお地蔵さんの前で
「なんかバランス悪いですね」
なんて言わないですよね。(笑)

私たちは一人ひとり、
それぞれ違う形の体を持って生まれてきて

  • 臓器は、生きるために休まず働いてくれて
  • 感覚器官は、危険から身を守ってくれて

細かく見ていくと、
この体って本当にすごい。

「確かに、神様みたいに完成された存在なんだな」

私は無宗教ですが、
この考え方はとても腑に落ちました。

言葉が変わると、人生が少しずつ変わる

私たちはつい、
外の基準で自分を評価してしまいがちです。

でも、
どんな言葉を自分にかけるか
自分自身は、いくらでも磨いていける。

自分を照らす言葉を選ぶと、
魂は少しずつ、確実に輝いていきます。

言葉が変われば、行動が変わる
行動が変われば、環境が変わる

本当に、その通りだなと感じています。

環境が変われば、
外的な価値観も、自然と変わっていく。

他人軸ではなく、
自分軸で、自分を磨いていく

そんな生き方を、
これからも大切にしていきたいですね。

  • URLをコピーしました!
目次